概要・地理

現代
冷戦後 IT大国インド
1991年の経済自由化(開放政策)を機に、IT産業を中心に急速な経済発展を遂げました。核保有の宣言やモディ政権下のヒンドゥー至上主義の台頭など政治的変化も大きいですが、人口世界一となり、グローバル・サウスのリーダーとして国際社会での存在感を飛躍的に高めています。
冷戦期 独立したインド
1947年、宗教対立によりインドとパキスタンが分離独立。ネルー首相による社会主義的計画経済と非同盟外交が進みます。しかし、カシミール紛争や印中戦争など周辺国との緊張が継続。国内ではインディラ・ガンディー政権下の強権政治や、深刻な経済停滞(インド的成長率)に悩まされました。
大戦期 インドの独立運動
20世紀に入り、イギリスの分割統治に反対する運動が激化。ガンディーが登場し「非暴力・不服従」を掲げて民衆を先導しました。二度の世界大戦を経てイギリスの国力が疲弊する中、国民会議派とムスリム連盟の対立も表面化し、独立に向けたカウントダウンが始まりました。
近代
19世紀後半 インド大反乱とインド帝国
1857年のインド大反乱を鎮圧したイギリスは、ムガル帝国を廃してインド帝国を樹立。直接統治を開始します。鉄道などのインフラ整備が進む一方、搾取への不満からエリート層を中心に民族意識が覚醒。1885年にはインド国民会議が結成され、自治を求める動きが芽生えました。
16世紀〜19世紀前半 ムガル帝国の反映と衰退
1526年、バブルがムガル帝国を建国。アクバル帝の融和政策で版図を広げ、シャージャハーン帝はタージ・マハルを建立しました。しかし18世紀に衰退が始まると、イギリスやフランスの東インド会社が進出。プラッシーの戦い等を経て、イギリスの植民地支配が本格化しました。
中世
武家の時代 デリー・スルタン朝
1206年の奴隷王朝成立を皮切りに、デリーを拠点とする5つのイスラーム王朝が交代しました。これらデリー・スルタン朝により、北インドにイスラーム支配が定着します。既存のヒンドゥー社会とイスラーム文化が接触・融合し、独特のインド・イスラーム文化が育まれました。
公家の時代 群雄割拠とイスラームの足音
ハルシャ王の死後、北インドは有力諸公(ラージプート)が割拠する分裂状態に陥りました。南インドではチョーラ朝が海上貿易で繁栄します。一方、北西からはイスラーム勢力の侵入が始まり、11世紀にはガズナ朝などが略奪を繰り返すなど、中世への転換点となりました。
古代
紀元後 古典文化の黄金期
北西からクシャーナ朝が興り、ガンダーラ美術が花開きました。その後、4世紀に登場したグプタ朝のもとでヒンドゥー教が確立されます。数学での「ゼロの概念」やサンスクリット文学が発展し、現代に続くインド文化のアイデンティティが完成した「黄金時代」と呼ばれます。
紀元前 文明の黎明と古代王朝
インダス文明が栄えた後、アーリア人が移住しカースト制度の原型が形成されました。紀元前3世紀にはマウリヤ朝の最高名君アショカ王が仏教を保護し、インド初の広大な統一帝国を築きます。バラモン教から仏教やジャイナ教が誕生した、思想的にも極めて重要な時代です。