1930年代の朝鮮半島 日中戦争と朝鮮半島

日中戦争

1930年代、朝鮮半島は日本の支配下にあった。北には、日本の傀儡政権の満州国が存在した。

志願兵制導入

 日本は、当初、台湾人や朝鮮人を軍隊として取り入れていなかった。しかし、38年に日中戦争が勃発すると朝鮮でも志願兵制が導入された。希望者に日本軍に参加した。なお、朝鮮で徴兵制が敷かれたのは44年で、朝鮮人が戦地へ赴く前に終戦を迎えることになる。

日中戦争勃発

 36年日本で二・二六事件という陸軍青年将校による軍事クーデターが行われた。このクーデターは4日で鎮圧されたが、軍部の発言力はにましに大きくなっていた。

 36年12月、中華民国では第二次国共合作で国共内戦が終結。38年8月、盧溝橋事件をきっかけ日中戦争が勃発

満州国建国

 20年代、日本は世界の強国の一つであった。国際連盟の常任理事国4か国の1つを占めていた。

 そのような中、31年、中国軍と日本軍が軍事衝突(満州事変)が起きる。日本軍は間もなく中国東北部を制圧。翌32年、満州国が建国した。満州国は満州族の出身地である中国東北部に建国された。国王は、辛亥革命で中華皇帝の地位を追われた元清王朝皇帝の溥儀であった。

 満州国には、日本人の他、朝鮮人も移住した。

世界大恐慌

韓国米の輸入規制

 20年代、日本は物資不足であった。そのため、韓国からコメを大量に輸入していた。

 しかし、29年の世界恐慌で急速なデフレが日本を襲った。農産物価格が急落。日本国内の農家は困窮した。その打開策として、朝鮮半島のコメの輸入規制を行った。

 これにより、韓国経済は急速に悪化した。