2026年、36年ぶりとなる「2月の衆議院選挙」が注目を集めています。今回は、前回2月に行われた歴史的な総選挙――1990年(平成2年)2月18日の第39回衆議院議員総選挙、いわゆる「海部解散」の舞台裏を振り返ります。

1. 1990年2月:日本が「絶頂」から「転換」へ向かった一ヶ月
1990年の幕開け、日本はまだ「終わらない繁栄」の夢の中にいました。

街には米米CLUBの『浪漫飛行』やLINDBERGの『今すぐKiss Me』が流れ、テレビでは国民的アニメ『ちびまる子ちゃん』の放送が始まったばかり(1990年1月7日〜)。誰もが明るい未来を疑わなかった多幸感溢れる時代です。
しかし、経済の足元では静かに「終わりの始まり」が告げられていました。
- バブルのピーク: 前年末の1989年12月29日、日経平均株価は史上最高値の
円
銭を記録。
- 「2月の暴落」: 選挙を目前に控えた1990年2月、株・債券・円のすべてが売られる「トリプル安」が発生。日経平均は月間で
%を超える急落を見せ、日本経済は「絶頂」から「崩壊」へと舵を切り始めていたのです。
この経済の地殻変動の最中、政治の世界でも歴史的な審判が下されようとしていました。
2. 崖っぷちの自民党:リクルート事件・消費税・土井たか子旋風
当時の自民党は、まさに「存亡の危機」に立たされていました。
「リクルート事件」による深刻な政治不信、そして1989年4月に導入されたばかりの「消費税(当時 %)」に対する国民の怒りは凄まじく、前年夏の参議院選挙では社会党に惨敗。土井たか子委員長が放った「山が動いた」という言葉は、自民党一党支配の終焉を予感させました。
そこで「クリーンな広告塔」として担ぎ出されたのが、海部俊樹首相でした。党内基盤こそ弱かったものの、その誠実な語り口とクリーンなイメージは、怒れる国民に対する自民党の唯一の「盾」だったのです。海部首相の最大のミッションは、選挙に勝つことであった。
3. 運命の1990年2月18日:天候と国民の熱量
1990年1月24日、海部首相は通常国会冒頭で衆議院を解散。そして2月18日、運命の投票日を迎えます。
- 当日の東京の天気: 晴れ
- 気温: 最高気温
℃ / 最低気温
℃ (2月らしい冷え込みながら、日差しが届く穏やかな投票日でした)
この天候も手伝ってか、全国の投票所には国民が押し寄せました。
- 投票率:73.31 %
現代の選挙(50〜60%台)と比較しても圧倒的に高いこの数字は、国民がいかに「自分たちの一票で国が変わるかもしれない」という熱量を持っていたかを象徴しています。
4. 各政党の獲得議席と「海部マジック」
注目の選挙結果は、自民党が事前の予想を上回る踏ん張りを見せ、単独過半数を大きく超える勝利となりました。一方、社会党も「マドンナ旋風」を追い風に議席を大幅に伸ばしました。
【第39回衆議院議員総選挙 議席数一覧】
(定数 議席)
| 政党 | 獲得議席数 | 備考 |
| 自由民主党 | 追加公認含め | |
| 日本社会党 | 前回の | |
| 公明党 | ||
| 日本共産党 | ||
| 民社党 | ||
| 社会民主連合 | ||
| 無所属・その他 |
なぜ、自民党はあれほどの逆風を跳ね返せたのでしょうか?
- 海部首相の「安心感」: 誠実な説明と低姿勢な「海部スマイル」が、主婦層や若年層の不信感を和らげました。
- 野党の足並みの乱れ: 社会党は躍進したものの、野党連合(社会・公明・民社)として具体的な政権構想を提示しきれなかったことが、有権者の「保守回帰」を招きました。
- バブルの余熱: 経済の先行きに不安はありつつも、「今の豊かな生活を壊したくない」という現状維持の心理が働きました。
5. 選挙勝利がもたらした政策への影響
この勝利により、海部首相の求心力は高まり、その後の日本を左右する重要な政策課題へと踏み出すことになります。
- 「政治改革」への着手: リクルート事件への反省から、海部首相は「選挙制度の改革(小選挙区制の導入案)」を最優先課題に掲げました。これは後に自民党分裂や1993年の政権交代へと繋がる大きな伏線となります。
- 「国際貢献」という難題: 選挙の半年後、1990年8月に湾岸危機が発生。多国籍軍への130億ドルに及ぶ財政支援や、自衛隊の海外派遣を巡る議論(後のPKO協力法案)が本格化したのも、この安定した政権基盤があったからこそでした。
- バブル潰し: 地価高騰を抑えるため、1990年3月に「不動産融資総量規制」が導入されました。選挙後の政治的安定がこの強硬な策を可能にしましたが、結果としてバブル崩壊を決定づけることになります。
6. おわりに:海部政権が示した「政治刷新」の光と影
1990年1月の「海部解散」から始まった一連のドラマは、昭和の残り香と平成の混乱が交差する分岐点でした。
海部首相は選挙に勝利し、政治の安定を取り戻したかのように見えました。しかし、その勝利の裏側でバブルは崩壊に向かい、日本は「失われた30年」という長いトンネルへと足を踏み入れていきます。
「政治が安定した瞬間に、経済の地殻変動が始まる」。 36年前のこの出来事は、今の私たちに「平穏な時こそ、次に来る変化を注視せよ」という教訓を残しているのかもしれません。
出典・参考資料
- 選挙データ:
- 総務省「衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調」(第39回・1990年2月18日執行)
- 国立国会図書館 デジタルコレクション「政治改革への軌跡」
- 気象データ:
- 気象庁 過去の気象データ検索(東京・1990年2月18日)
- 経済・株価指標:
- 日本経済新聞社「日経平均株価 ヒストリカルデータ」
- 東京証券取引所 統計資料(1990年2月「二月暴落」記録)
- 世相・文化:
- フジテレビ『ちびまる子ちゃん』番組史(放映開始日データ)
- オリコン・チャート1990年度 年間シングルランキング
- 政策関連:
- 海部俊樹『政治とカネ―海部俊樹回顧録』(新潮新書)
- 大蔵省(現・財務省)「不動産融資総量規制に関する通達」(1990年3月)

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