11世紀のドイツ カノッサの屈辱

前回の復習 12世紀のドイツ

 12世紀のヨーロッパは、ローマ教皇の絶頂期であった。その象徴が第三回十字軍である。第三回十字軍は、神聖ローマ皇帝、フランス国王とイングランド国王が参加した。

 さて、今回は、ローマ教皇の絶頂期のきっかけとなった事件、カノッサの屈辱を見ていきます。

なぜ神聖ローマ皇帝は第1回十字軍に参加しなかったのか?

 十字軍は、11世紀末に始まった。第一回はフランス諸侯を中心に編成された。では、ローマ教皇は、神聖ローマ皇帝ではなく、フランス国王に協力を仰いだのであろうか。

 その理由は、神聖ローマ皇帝とローマ教皇は叙任権闘争で争っていたからである。

 叙任権闘争とは、皇帝と教皇による教会の人事権をめぐる争いである。ローマカトリックの人事権は上位の聖職者人事は、神聖ローマ皇帝が、下位の聖職者人事は各国王や領主が握っていた。11世紀になると教会の人事権は、ローマ=カトリックのトップであるローマ教皇が持つべきであるという考え方が出てきた。これにより、ローマ教皇と神聖ローマ皇帝は対立するようになった。

カノッサの屈辱

 77年、皇帝ハインリヒ4世は、教皇グレゴリウス7世に廃位を迫った。教皇グレゴリウス7世は、これを拒否。逆に、皇帝はハインリヒ4世を破門した。皇帝ハインリヒ4世は破門を解いてもらうため、真冬のカノッサ上の前で3日間謝罪をつづけた。これにより、破門が解かれた。この事件をカノッサの屈辱という。

 ここで出てきた「破門」とは、何だろうか。「破門」とは、ローマ教皇が、キリスト教徒ではないと発言することである。11世紀のヨーロッパは熱心なキリスト教徒ばかりである。「破門」になるということは、すべてのカトリック教徒(キリスト教徒)を敵にすることを意味した。カノッサの屈辱で、すべてのヨーロッパの人々は「破門」の恐ろしさを知った。これがローマ教皇の権威を高めた。

 つぎに、皇帝ハインリヒ4世は、ローマ教皇グレゴリウス7世に廃位を迫ったのであろうか。これは、グレゴリウス7世の改革の内容にあった。教皇グレゴリウス7世はクリュニー修道院の出身である。そのため敬虔なカトリック教徒であった。そのため、堕落した聖職者に怒りを感じていた。そのため、教皇グレゴリウス7世は2つのことを禁じた。一つは、聖職の売買であり、2つは、聖職者の妻帯の禁止であった。これはキリスト教としては当たり前のことであった。しかし、ハインリヒ4世はこれに反発した。

神聖ローマ帝国の政策

神聖ローマ帝国と神聖ローマ皇帝

 神聖ローマ帝国は、10世紀末のオットーの戴冠で始まった。最初に神聖ローマの皇帝の地位についたのは、オットー1世のザクセン朝であった。

 しかし、11世紀前半にザクセン朝は終わる。次に皇帝の座についたのが、ザーリアー朝、別名フランケン朝である。ハインリヒ4世はザーリアー朝の国王である。

 ザーリアー朝は、叙任権闘争で皇帝権を低下させた。そのため、12世紀前半には、ザーリアー朝からシュタウフェン朝に移行した。

イタリア政策

 神聖ローマ皇帝は、しばしばイタリアへ出兵した。この目的は、大きく2つあった。1つ目は、ローマ教皇から戴冠をうけ、神聖ローマ皇帝の称号を得ること。2つ目は、イタリアの港湾都市を押さえることで地中海交易を支配することであった。

帝国教会政策

 11世紀の教会は、宗教施設としての役割の他に市役所としての役割もあった。グーテンベルクの印刷術が登場する前は書籍はほとんどなく、文書の読み書きができる人はほとんどいなかった。そのため、教会の職員が文書の作成を代行していた。

 さらに、十分の一税や寄進によって教会の財政は潤っていた。

 神聖ローマ皇帝は、この教会の人事権を持っていた。これが叙任権である。この人事権が皇帝の地位を高めていた。

領邦

 11世紀のヨーロッパは封建社会である。封建社会は大きく3つの階級に分かれる。皇帝・国王、領主、農奴である。この3つの階級が成立したかは、さらに歴史をさかのぼったあたりで話します。

 私たちが想像する国王は、16世紀以降の絶対王政の時代の国王である。当時の国王や皇帝にはそれほどの権限はない。あくまで領主の代表的な地位しかない。当時の国王や皇帝は、ローマ教皇の戴冠を受けることがならわしであった。

 一方、領主階級は、騎士階級(ナイト)ともいわれる。農奴から得られる地代収入で生活していた。領主は、地代収入をえるだけでなく、その地域の政治も行った。そのため、領主の中には、国王や皇帝以上の権力を持つものもいた。

 農奴は、ヨーロッパ国民の大部分を占めた。当時は、商工業がまだ発達しておらず、多くの人々が農業で生計を立てていた。農奴は、地代を納めるだけでなく、領主の農地でも無償で働いた。

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