(前史)大航海時代以前のスペイン・ポルトガル
8世紀、スペインとポルトガルはイスラム勢力に奪われた。その後、スペインとポルトガルでは、イスラム勢力とキリスト勢力の対決が続いた。これを国土回復運動という。
12世紀、スペイン・ポルトガルの北半分がキリスト教勢力になった。この地に、アラゴン・カルティリャ・ポルトガルの3つの王国が成立した。
ポルトガルとインド
大航海時代
13世紀、モンゴル滞在したとされるマルコ=ポーロが『世界の記述』(『東方見聞録』)によって、豊かなアジアの富や文化に関心が高まった。莫大な富をもたらす金やアジアの特産品の香辛料は、新たな財源を求める君主などの興味を引いた。国土回復運動などでイスラム教徒戦っていたポルトガルやスペインでは、キリスト教の
羅針盤の改良、加速帆船の普及などで遠洋航海が技術的に可能になった。
アフリカ探検
ポルトガルの航海事業は、15世紀初頭から始まった。最初に始めたのエンリケ航海王子であった。ポルトガルはアフリカ大陸西岸の探検を続けた。
インド航路
15世紀半ば、ジョアン2世が貴族の反乱を鎮めた。これにより、ポルトガルの王権は強まった。
15世紀後半のジョアン2世の時代に、バルトロメウ=ディアスがアフリカ最南端の喜望峰を発見。
その後、ムスリム商人が拠点を置いた東アフリカへ進出。15世紀末、ヴァスコ=ダ=ガマがインド西岸のカリカットに進出した。
インド航路開拓は、ポルトガル王室の大事業であった。インド航路の開拓で、ポルトガル王室はムスリム商人を介さないで直接香辛料を買い付けることができるようになった。これはポルトガル王室に巨万な富をもたらした。また、首都リスボンは世界の商業の中心となった。
スペインとアメリカ大陸
スペイン王国の成立
スペインとコロンブス
一方、スペインが航海事業にサンユウしたのは15世紀末のことであった。