2010年代の日本 安倍首相と SNSと東日本大震災

文化 SNSとグループアイドル

 2010年代になると、回線費用大幅下落とスマホの普及により、SNSが流行。ブログやファイスブック、youtubeはその一例である。そのため、趣味に特化した消費が増えてくる。アイドルがマニア度を全開に出してくる。鉄道アイドルなどがその一例である。音楽ではAKBなどのグループアイドルが席巻した。

経済 中国に抜かれて世界3位に転落

  2010年代の日本経済は、若者の消費離れが深刻化した。自動車や家電が売れなくなっていた。一方で、ハロウィンなどの体験型消費が増えてきている。また、中国産製品の品質も向上。中国が日本のGDPを上回り、世界第2位となった。日本も、中国産製品の部品供給基地になり、中国経済の影響を大きく受けるようになった。

 16年1月、日本銀行がマイナス金利政策を導入。

 17年2月、東芝の債務超過問題

東日本大震災

 また、2011年に起きた東日本大震災は、人々の心をかえ、ボランティア活動が盛んになった。このとき福島で原発事故が発生。その後の原子力政策に大きな影響を及ぼした。

 14年9月、御岳山噴火

 16年4月、熊本地震

政治 安倍長期政権

 2010年代の日本政治は、民主党政権で始まったが、東日本大震災の対応などで信頼を失い。13年安倍晋三内閣が成立。アベノミクスの成功で8年にわたる長期政権を築いた。

民主党政権

菅政権と福島原発

1. 菅政権の掲げた主要政策

菅首相は、強みである経済と社会保障の両立を目指し、**「最小不幸社会」**の実現を目標に掲げました。

  • 新成長戦略: 2010年6月に閣議決定。「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の三位一体を目指し、観光や医療・介護などを成長分野と位置づけました。
  • 社会保障・税一体改革: 少子高齢化に対応するため、消費税率を2010年代半ばまでに10%へ引き上げる方針を決定。これは後の野田政権、安倍政権へと引き継がれる流れの起点となりました。
  • 「平成の開国」とTPP: 貿易自由化を進めるため、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加を検討し始めました。
  • エネルギー政策の転換: 3.11以降、それまでの「原発増設」から「脱原発・原発依存度低減」へと大きく舵を切りました。
2. 2010年の主な出来事(政権発足から震災前まで)

発足当初は高い支持率でしたが、参院選の敗北と外交問題で一気に苦境に立たされました

  • 「脱小沢」路線の鮮明化: 党内実力者である小沢一郎氏の影響力を排除する人事を行い、党内の分裂を招く一因となりました。
  • 第22回参議院選挙(2010年7月): 唐突に打ち出した**「消費税10%」発言が逆風となり、民主党は大敗。衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」**が発生し、法案を通すのが困難になりました。
  • 村木元局長に無罪判決(10年9月):前年09月に逮捕された厚生労働省の村木元局長に無罪判決。検察官による証拠改ざん事件が発覚。
  • 尖閣諸島沖中国漁船衝突事件(2010年9月): 中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突。船長の釈放を巡る対応や、衝突ビデオの流出(sengoku38事件)により、外交・危機管理能力が厳しく批判されました。
3. 2011年の主な出来事(東日本大震災と退陣)

政権末期は、震災対応と原発事故への収束作業が活動の中心となりました。

  • 11年1月、検察検事会が、小沢元幹事長が強制起訴
  • 東日本大震災(2011年3月11日): 巨大地震と津波、そして福島第一原子力発電所事故が発生。菅首相は「原子力災害対策本部」の本部長として陣頭指揮を執りました。
  • 震災・原発対応への賛否: * 批判: 現場への直接介入(ヘリでの現地視察など)が混乱を招いたという批判や、初動の遅れを指摘する声が噴出しました。
    • 評価: 一方で、東京電力の撤退を阻止した点や、特措法の成立による再生可能エネルギー(FIT法)の推進などは、後のエネルギー政策に大きな影響を与えました。
  • 内閣不信任案と退陣(2011年6月〜9月): 野党だけでなく党内からも退陣を迫られ、不信任案提出の動きの中で「一定の目処がついた段階での辞任」を表明。
  • 三つの条件と退陣: 「第2次補正予算の成立」「公債特例法の成立」「再生可能エネルギー特別措置法の成立」の3条件が整った2011年8月末に辞任し、野田佳彦政権へ交代しました。

どじょう内閣、野田政権

1. 野田政権の最優先課題と主要政策

野田首相は自らを「どじょう」に例え、地味ながらも着実に課題に取り組む姿勢を強調しました。

  • 社会保障・税一体改革(消費税増税): 政権最大の政治課題でした。将来の社会保障費を確保するため、消費税率を2段階(2014年に8%、2015年に10%)で引き上げる法案を推進しました。自民党・公明党との「三党合意」を経て成立させましたが、党内では小沢一郎氏ら大量の離党者を出す結果となりました。
  • 東日本大震災からの復興: 復興庁の設置(2012年2月)や、復興予算の確保、被災地の瓦礫処理などを進めました。
  • TPP(環太平洋パートナーシップ協定): 交渉参加に向けた協議を進める方針を表明しました。これは国内の農業関係者や慎重派から強い反対を受け、議論が紛糾しました。
  • エネルギー政策(革新的エネルギー・環境戦略): 2030年代に原発稼働ゼロを目指す方針を打ち出しましたが、経済界などの反発もあり、閣議決定は見送られ「参考文書」扱いとなるなど、迷走も見られました。
2. 2011年〜2012年の主な出来事

「ねじれ国会」の中、野党との厳しい交渉や外交問題に翻弄された時期でした。

  • 石原都知事の尖閣諸島購入計画(12年04月):中国漁船衝突事件10年09月)以降、日中両国で尖閣諸島への関心が高まった。石原慎太郎都知事は、東京都で尖閣諸島の購入すると表明。これにより、東京都への寄付金が集まった。
  • 大飯原発の再稼働(12年6月): 電力不足への懸念から、福井県の大飯原発3・4号機の再稼働を決定。これに対し、首相官邸前などで大規模な原発反対デモが発生しました。
  • 尖閣諸島の国有化(12年9月): 地権者から政府が尖閣諸島を購入し、国有化しました。これにより中国国内で激しい反日デモが発生し、日中関係は極めて冷え込みました。
  • 社会保障・税一体改革関連法の成立(2012年8月): 自公両党との協力により成立しましたが、民主党内は分裂。小沢一郎氏らが離党し「国民の生活が第一」を結成しました。
  • 解散総選挙の約束(「近いうち」解散): 2012年8月、自民党の安倍晋三総裁らに対し、消費税増税法案への協力を条件に「近いうちに国民の信を問う(解散する)」と約束しました。

3. 政権の終焉と政権交代

  • 12年09月自民党総裁選:
  • 党首討論での電撃解散表明: 2012年11月14日の党首討論にて、安倍総裁に対し「定数削減を約束するなら16日に解散する」と明言。電撃的な解散となりました。
  • 第46回衆議院議員総選挙(2012年12月): 民主党は議席を激減させ大敗。代わって自民党が圧勝し、第2次安倍内閣が発足。約3年3ヶ月にわたった民主党政権が幕を閉じました。

 

 11年09月、野田政権が発足。石原東京都知事が、尖閣諸島の買い取りを発表。

 12年09月、野田首相は、中国の反発を覚悟で、尖閣諸島の国有化を決定した。

 12年09月、自民党総裁選で安倍政権が成立。

 第三極としては、日本維新の会(橋本大阪市長、石原都知事)や日本未来の党(嘉賀滋賀県知事、小沢一郎氏)が登場した。

 

 12年11月、安倍首相との党首討論の場で、解散を発表。12月の衆院選で自公が過半数を獲得。第2次安倍政権が発足した。

維新の会

 関西では、10年12月、関西広域連合。11年11月、大阪府と大阪市のW選挙で、大阪維新の会がともに勝利。大阪市長に、橋下徹氏。大阪府知事に、当時無名の松井一郎氏が就任した。

 12月09月、橋本市長は、大阪都構想を実現するために国政政党を結党した。これが日本維新の会である。

 12年10月、石原東京都知事が辞任。その後、国政政党の太陽の党を結党した。その後、太陽の党は、日本維新の会に合流した。

 同じ頃、嘉賀滋賀県知事が、日本未来の党を結党。小沢一郎らが合流した。

尖閣諸島問題

1. 発端:中国漁船衝突事件(2010年9月)

2010年9月7日、尖閣諸島・久場島沖の領海内で違法操業をしていた中国漁船が、警告した海上保安庁の巡視船に体当たりを繰り返す事件が発生しました。

  • 逮捕と反発: 海保は船長を公務執行妨害容疑で逮捕しましたが、中国側は「日本による不法な拘束」として猛烈に反発。フジタ社員の身拘束やレアアースの輸出制限など、経済・外交の両面で圧力を強めました。
  • 「検察判断」による釈放: 菅政権は日中関係のさらなる悪化を恐れ、拘留期限を待たずに那覇地検が**「船長を処分保留で釈放」**。政府は「検察独自の判断」と説明しましたが、後に政治的働きかけがあったことが明らかになり、「弱腰外交」として国内外から激しい批判を浴びました。
  • 映像流出(sengoku38事件): 衝突時のビデオがYouTubeに流出し、国民の間でも政権の対応や情報隠蔽に対する不信感が高まりました。

2. 石原慎太郎都知事による「都の購入計画」(2012年4月)

沈静化していた尖閣問題が再び燃え上がったのは、当時の東京都知事・石原慎太郎氏による宣言でした。

  • ヘリテージ財団での講演: 2012年4月、石原氏はワシントンで**「東京都が尖閣諸島(魚釣島など3島)を地権者から買い取る」**と表明。
  • 目的: 「国が何もしないなら都が守る」とし、島に灯台や船だまりを作るなど、実効支配を強化することを目的としました。
  • 寄付金の殺到: この計画に賛同する声が多く、東京都には最終的に14億円を超える寄付金が集まりました。

3. 野田政権による「国有化」の決断(2012年9月)

野田佳彦政権は、東京都(石原氏)が島を購入して構造物を建設すれば、中国との軍事的な衝突に発展しかねないと危惧しました。

  • 「国有化」による事態の沈静化狙い: 政府は「平穏かつ安定的な維持管理」を理由に、都ではなく国が直接購入する方針に転換。地権者との交渉の結果、20億5000万円で買い取ることで合意しました。

閣議決定と国有化の実施:2012年9月11日、政府は尖閣諸島(魚釣島、北小島、南小島)の国有化を正式に決定し、売買契約を締結しました。

安倍政権前半 アベノミスク

 12年12月、総選挙で自民党が大勝。政権交代で第2次安倍政権が成立する。同じ年、東京都では、石原都知事が引退。猪瀬都知事が誕生した。

 13年9月、2020年東京オリンピックの開催が決定。このプレゼンで流行語になったのが「お・も・て・な・し」である。このプレゼンを行ったのがのちの小泉議員の妻になる滝川クリステル氏である。このときに参加したのが、森元首相と猪瀬都知事であった。これにより、アベノミクス景気は加速した。

 13年12月、特定秘密保護法が成立。この背景には、10年9月の中国漁船衝突事件がある。

 14年7月、安倍首相が集団的自衛権を限定的容認を閣議決定。

 14年、猪瀬都知事が医療法人徳洲会からの資金提供で辞任。舛添都知事が誕生した。舛添都知事は、厚生労働大臣として活躍。クリーンなイメージで当選した。

 15年1月、ISによる日本人殺害事件

 9月、安全保障関連法成立

 12月、慰安部問題で日韓合意

安倍政権後半 忖度(そんたく)

 アベノミクスで株価は上昇し、景気が回復し、失業率は低下した。しかし、賃金は低いままであった。15年、安倍首相は「新三本の矢」を発表。翌16年1月、日本銀行はマイナス金利を導入した。

 消費税は、不景気を理由に16年6月に消費税増税を延期。19年10月に、消費税を8%から10%に増税。この時、公明党の以降で軽減税率制度が導入された。

 外交では、16年05月、伊勢志摩サミットを実施。オバマ大統領が広島を訪問。岸田外相の悲願がかなった。

 アベノミクスの問題点が明らかになり、安倍首相の支持率に陰りが出始めた。それが表面化したのが、16年7月の都知事選である。舛添都知事が公用車の私的利用で、辞職した。自民党離党した小池都知事が自民党推薦の候補を破り当選した。小池都知事は。自分の政策を進めるために、地域政党の都民ファーストの会

 17年に入ると、安倍首相のスキャンダルが報道された。2月の森友学園問題と5月の加計学園問題である。森友学園問題は、安倍夫人の関係者が理事をつとめる森友学園に国有地を格安で払い下げた事件である。一方、加計学園問題は、安倍首相に関係の深い加計学園の獣医学部新設の許可に際し、安倍首相が圧力をかけた疑惑である。このとき、安倍首相が直接指示をしてないが、官僚が安倍首相に配慮していることが問題になった。この時の流行語が、「忖度(そんたく)」であった。

 17年09月、安倍首相は、この状況を打開するために解散に踏み切った。「国難突破解散」である。安倍首相はこの解散総選挙で勝利。この解散時に起きたのが「希望の党騒動」である。前年の都知事選に勝利した小池都知事は「希望の党」を結党。民進党(旧民主党)は、この「希望の党」に合流した。この時、小池都知事は、タカ派の安全保障体制にサインすることを求めた。これにサインできない人々は、「希望の党」に合流せず、枝野党首の「立憲民主党」を結成。民進党(旧民主党)は分裂した状態で選挙を導入。「希望の党」は、「自民党」だけでなく「立憲民主党」にも敗北した。「希望の党」の大部分は、「国民民主党」になった。

 自民党が支持率を落とす中、令和へ移行した。16年8月、天皇陛下が退位のご意向を表明。翌17年、生前退位の特例法を制定。19年05月、現在の天皇が即位。「令和」がスタートした。この年号を発表したのが菅官房長官である。

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