復習 紀元前1世紀の東南アジア
紀元前1世紀、ベトナムは漢王朝の支配下にあった。前回は、漢王朝のベトナム支配のしくみを見ていきました。
今回は、漢王朝がベトナムを支配する要因になった武帝のベトナム遠征と漢王朝の支配したに入る前のベトナムを見ていきます。
紀元前2世紀の国際情勢
2世紀(BC200年〜BC101年)、中国は、秦の始皇帝がなくなり、秦王朝はまもなく滅亡。漢王朝が成立する。2世紀末の武帝の時代に全盛期を迎える。
一方、共和政ローマは、ポエニ戦争に勝利。シチリア島やスペインが属州になり、大国への道を歩み始めた。
武帝のベトナム征服
漢王朝と武帝
漢王朝は、紀元前3世紀末に成立。紀元前154年に呉楚七国の乱で有力豪族が失脚。中央集権体制が構築された。紀元前141世紀に武帝が即位。
武帝の海外遠征
歴代漢皇帝の最大の悩みは、北方騎馬民族の匈奴である。武帝の時代になると、中央集権体制が構築。7度の遠征を可能にした。これにより、紀元前121年に匈奴は一掃された。これにより、他の地域への侵攻が可能になった。
最初に攻めたのは、ベトナムの南越国である。112年に制圧された。
その後、108年に朝鮮を征服した。
南越国と秦の始皇帝
南越国は、香港など南シナ海沿岸部から北ベトナムに広がる国家である。
南越国は、秦王朝の一行政区分であった。紀元前3世紀末に秦王朝が滅亡すると独立国家になった。