1810年代のスペイン ウィーン体制でブルボン朝が復活

前回の復習 1820年代のスペイン

 1820年、スペインでは立憲革命が発生。ポルトガルでも自由主義革命が起こる。以後、スペイン・ポルトガルでは、都市部を中心とした自由主義者と農村部を中止トンとした保守派の対立が続いていく。

1810年代の国際情勢

 1810年代、日本は江戸時代後期。徳川家斉の時代である。

 ヨーロッパでは、ナポレオン時代が終わり、ウィーン会議によって、絶対王政をベースにしたウィーン体制の時代へ入っていく。

スペイン立憲革命へ

ラテンアメリカの独立

南米のサン=マルティン

中米のシモン=ボリバル

 中米の革命の指導者は、シモン=ボリバルである。シモン=ボリバルは、南アメリカ大陸北部に大コロンビアを建国した。

 10年に、メキシコでイダルコが処刑。シモン=ボリバルは同じ頃に、ベネズエラのカラカスで独立運動を始めた。しかし、米英戦争の関係でイギリスの支援が得られなかった。さらに南アメリカ北部で大地震が発生。反乱は失敗。シモン=ボリバルは、カリブ海のジャマイカに亡命した。

 16年、シモン=ボリバルは再び南米大陸に上陸。19年、大コロンビアを建国した。

フロリダとテキサス

始まりは、メキシコのイダルコ蜂起

ウィーン会議

ウィーン議定書

 ナポレオンがエルバ島に流された14年、ヨーロッパの首脳はウィーンに集まった。ウィーン会議である。ナポレオンの百日天下で一時中断されたが、15年にウィーン議定書が成立した。 

スペイン=ブルボン朝が復活

 ウィーン会議では、正統主義が採用された。

 スペインは、ブルボン朝が復活。

 ポルトガルも、ブラジルに亡命したポルトガル王室が復活した。

ウィーン体制とポルトガル・ブラジル連合王国

自由主義の始まりカディス憲法