中世③ 中世の中国

概要

 中世の最後は、中国史である。唐王朝の滅亡後の戦乱期、宋王朝期、そしてモンゴル帝国の歴史を見ていきます。

中国史

 中国の歴史は、下のようになる。

 中国文明→周王朝→春秋戦国の戦乱期→秦・漢王朝(キングダム)→魏晋南北朝の戦乱期(三国志)→隋・唐王朝→五代十国の戦乱期→宋王朝→元王朝(モンゴル帝国)→明王朝→清王朝→中華民国→中華人民共和国

 太字の部分がこの章で扱う部分である。

中央アジアとトルコ民族

 7世紀ごろの中央アジアは、唐王朝(中国)の影響を受けていた。しかし、8世紀のタラス河畔の戦い以降、中央アジアはイスラム教の勢力圏に入った。

 この地域で影響を持ったのが、突厥から始まるトルコ系民族である。

五代十国の戦乱期と宋王朝

 唐王朝が滅亡すると、五代十六国の戦乱期に入った。この時代に入ると、唐王朝の影響が亡くなり独自の文化を形成するようになった。平安時代の国風文化はその一例である。

 宋王朝が統一し、五大十六国の戦乱は終わった。長い戦乱は、貴族を没落させ、新興地主層(形勢戸)が台頭した。しかし、軍事面では弱い国で、北方の騎馬民族に貢物を行っていた。最終的には、北方の王朝(金王朝)の北半分を奪われた。

 しかし、経済は大きく発展。文化面でも花開いた。とくに、長江下流域の開発が進み、農業生産が向上した。

モンゴル帝国

 13世紀に入ると、モンゴルにチンギス=ハンが登場。ユーラシア大陸の大部分を占めるモンゴル帝国が成立した。モンゴル帝国は、中国などの東アジアだけでなく、ヨーロッパや西アジアまで侵攻した。

 この時期、モンゴル帝国は、ヨーロッパ(フランスなど)との交流もあった。