9世紀の世界 唐王朝の衰退とドイツ・フランスの成立

国別地域別の歴史

 日本では、平安時代初期。東北遠征、遣唐使、平安京の造営などの大事業が行われていた。

 東アジアでは、衰退していた唐王朝が黄巣の乱で滅亡。五代十国の戦乱期へ入っていった。

 インドは、ラジプートの小国分裂期である。

 イスラム圏では、アッバース朝が全盛期を迎える。しかし、広大な領土のため、地方分権が進む。

 ヨーロッパでは、カールの戴冠で、フランク王国がローマ帝国の正式な後継国となる。しかし、カール大帝の死後、フランク王国は分裂。ドイツとフランスの原型になった。

後の世紀 10世紀
 唐王朝の滅亡とシーア派王朝

 日本は、平安時代前半で遣唐使の廃止で日本独自の文化が浸透していった。東アジアでは、唐王朝の滅亡で高麗などの多くの王朝が成立した。イスラム圏では、シーア派国家が次々成立し、アッバース朝を圧迫していった。ヨーロッパでは、東西フランク王国でカロリング朝が断絶。異民族撃退で活躍した騎士がそれぞれ国王になった。また、オットーの戴冠によって、ローマ教皇の権威は高まった。

前の時代 8世紀 アッバース革命

 日本は、奈良時代。唐王朝と仏教の影響を大きく受けた。東アジアでは唐王朝の全盛期であった。しかし、タラス河畔の戦いや安史の乱で唐王朝は衰退期に入る。イスラム圏では、アッバース革命でアッバース朝が成立。アラブ人とイラン人の差別がなくなった。ヨーロッパでは、イスラム教徒撃退で活躍したフランク王国の宮宰カールマルテルの子がフランク国王に、そして、カールの戴冠につながる。

年代別後半

890年代 遣唐使の廃止

 日本では、菅原道真の進言で遣唐使を廃止。黄巣の乱で唐王朝の治安が悪化したため。

880年代 キエフ公国

 南ロシアの黒海沿岸にキエフ公国が成立。

870年代 黄巣の乱

 中国の唐王朝で、黄巣の乱が勃発。

 中央アジアでは、イラン系イスラム教国サーマーン朝が成立。

 ヨーロッパでは、メルセン条約でドイツとフランスの基礎ができる。イングランドではアルフレッド大王が即位。

860年代 ノブゴロド国

 ロシアで、ノルマン人がノブゴロド国を建国。

850年代 摂関政治の始まり

 日本では、皇族以外(藤原家)から、摂政が誕生。藤原家の摂関家がここに始まる。

年代別前半

840年代 フランク王国が分裂

 唐王朝(中国)では、仏教の弾圧が行われる。

 ヴェルダン条約でフランク王国は、3分割される。

830年代 知恵の館

 日本では、天台宗の僧である円仁が唐へ留学。

 中央アジアでは、キルギスがウイグルを滅ぼす。

 中東では、バグダードに知恵の館が作れる。

820年代 エグバード王国

 ヨーロッパで、ウェセックス国エグバート王がイングランドを統一。アングロサクソン七王国時代が終わる。

810年代 空海

 日本では、藤原冬嗣の時代。薬子の変を鎮圧。令外の官である蔵人所や検非違使が置かれ、日本風の政治体制が構築されていった。空海が唐から帰国。和歌山県の高野山金剛峰寺で真言宗を開く。

800年代 カールの戴冠

 日本では、坂上田村麻呂が東北征伐を行っていた。最澄と空海が唐へ渡り、仏教を学んだ。最澄はその後帰国。滋賀県の比叡山延暦寺を建築し、天台宗を開く。

 中東では、アッバース朝のカリフであるハールーン=アッラシードが亡くなった。ここから、アッバース朝は衰退期に入る。

 ヨーロッパでは、フランク王国のカール大帝が戴冠を受ける。イングランドでは、アングロサクソン七王国でウェセックス王が即位。