大ヒットドラマ『VIVANT』。広大な砂漠や草原、そして各国の諜報機関が暗躍するスリリングな世界観に魅了された方も多いのではないでしょうか。
ファンの間では、舞台となった架空の国「バルカ共和国」は中央アジアがモデルであり、堅牢なシキ城が登場する「ゴルドバ」はカフカス地方がモチーフになっていると考察されています。
実はこの二つの地域、全く異なる文化圏に見えて「カスピ海」を挟んで向かい合い、古代から現代に至るまで、常に大国の覇権争いの舞台となってきた場所なのです。
今回は、『VIVANT』の世界観をヒントに、10年、100年単位のスケールで、カスピ海周辺とカフカス地方の激動の歴史を紐解いていきましょう。
もくじ
「バルカ」と「ゴルドバ」の対比が生むリアリティ
ドラマに圧倒的なリアリティを生み出しているのは、モデルとなった地域の鮮やかなコントラストです。
中央アジア(バルカ的要素) 見渡す限り続く広大なステップ(草原)と、遊牧騎馬民族の文化。古くからシルクロードの交易路として栄えたこの地域は、人や物資が絶え間なく行き交う一方で、国境線が曖昧になりがちな流動的な空間でした。
カフカス地方(ゴルドバ的要素) 対してカフカス地方は、黒海とカスピ海に挟まれたヨーロッパとアジアの境界にある険しい山岳地帯です。外敵の侵入を防ぐため、山肌にへばりつくように築かれた堅牢な城塞(世界遺産に登録されているデルベントの城塞など)が点在しており、まさにシキ城の堅固さを彷彿とさせます。
【古代〜近代】帝国が激突する「カフカス」の数奇な運命
カフカス地方は天然の要塞であると同時に、南北を結ぶ重要な陸路でした。そのため、数千年にわたり「帝国の交差点」として激動の歴史を歩みます。
東西の超大国:ローマ帝国 vs ササン朝ペルシャ 古代後期、西のローマ帝国(のちのビザンツ帝国)と東のササン朝ペルシャが、この山岳地帯の覇権を巡って長きにわたり激しい防衛戦と代理戦争を繰り広げました。7世紀以降になると新興のイスラム勢力が押し寄せ、新たな宗教と文化の波をもたらします。
モンゴル帝国の襲来と「身内」の凄惨な領土争い 13世紀、ユーラシア大陸を飲み込んだモンゴル帝国がカフカスを蹂躙します。興味深いのはモンゴル帝国分裂後です。北側を支配する「ジュチ=ウルス(キプチャク・ハン国)」と、南のペルシャ側を支配する「イル・ハン国」が、このカフカス山脈を境界線として血みどろの領土争いを繰り広げました。大国同士が境界線上で睨み合い、要塞を築いて防衛線を張るという構図は、ドラマの緊張感そのものです。
孤絶した山々が育んだ「宗教と文化のモザイク」 険しい山々が谷ごとに人々を分断したため、カフカスは「言語の山」と呼ばれるほど多様な民族が共存する地域となりました。アルメニアやジョージアのように世界最古級のキリスト教(正教会)を守り抜いた国々と、アゼルバイジャンのようにイスラム教が根付いた地域が複雑に入り組んでいます。独自のワイン文化や、多様な民族が交わるエキゾチックな魅力に溢れています。
ロシアの南下政策 近世以降、不凍港を求めてロシア帝国が南下政策を進め、オスマン帝国やペルシャと衝突しながら強引にこの地域を併合していきます。この大国による強権的な支配の歴史が、現代に続く深い遺恨を残すことになります。
現代の「グレート・ゲーム」と終わらない紛争の火種
歴史は過去のものではありません。現在もカスピ海周辺・カフカス地方では、新たな「グレート・ゲーム(覇権争い)」が展開されています。
火薬庫としてのカフカス ロシアによる強引な併合の歴史は、ソ連崩壊後に火を噴きます。独立を求めるイスラム系武装勢力とロシア軍が激突した「チェチェン紛争」や、アルメニアとアゼルバイジャンによる「ナゴルノ・カラバフ紛争」など、今なお流血の事態が絶えない火薬庫となっています。「誰が味方で誰が敵か分からない」ドラマの殺伐とした空気感は、こうした現代の紛争の歴史とも無縁ではありません。
ロシア・イランの急接近と諜報戦 さらに近年、ウクライナ情勢の長期化によりロシアの求心力が低下する中、経済制裁を受けるロシアとイランが急接近しています。カスピ海を経由する「国際北南輸送回廊(INSTC)」の構築や軍事技術の取引を活発化させており、ここには欧米や中国の思惑も複雑に絡み合っています。劇中で別班やCIA、公安が火花を散らしたように、現実のカスピ海周辺もまた、現代最高レベルの「諜報戦・情報戦」の最前線となっているのです。
見出し4:現代カフカスの光と影:ブラックゴールドと知られざる絶景・文化
紛争や大国の思惑という「影」がある一方で、カフカス地方にはドラマの世界観を彷彿とさせる魅力的な「光」の側面が存在します。
カスピ海のブラックゴールド 古くからアゼルバイジャンの首都バクーに代表されるように、カスピ海沿岸は石油・天然ガスが湧き出る資源の宝庫です。莫大な富を生み出すこの資源こそが、常に他国の介入を招く要因にもなっています。
息を呑む大自然と古代建築 観光地としてのカフカスは、秘境の宝庫です。 自然景観で圧倒的なのは、ジョージアのカズベク山(標高5,047m)をはじめとする大カフカス山脈の絶景です。その山麓にポツンと建つツミンダ・サメバ教会は「天国に一番近い教会」と呼ばれ、荒涼とした自然と祈りの場が融合した姿は神秘的です。 また、ジョージア北西部のスヴァネティ地方には、「復讐の塔」と呼ばれる石造りの塔状住居が無数に立ち並んでいます。外敵や他部族からの襲撃に備えたこの異様な建築群は、まさに「ゴルドバのシキ城」のルーツを感じさせます。一方で都市部(トビリシなど)には、精巧な木彫りのバルコニーを持つ伝統家屋が並び、東西文化の融合が見て取れます。
戦闘服から進化した伝統ファッション「チョハ」 カフカス地方の伝統衣装「チョハ(Chokha)」も非常に特徴的です。ウールで作られたコートのような衣服ですが、最大の特徴は胸元に並んだ「ガズィリ」と呼ばれる筒状の薬莢(やっきょう)入れです。もともとは火縄銃の火薬を入れるための実用的な戦闘服でしたが、現在では誇り高き民族衣装の装飾として受け継がれています。自衛のために武装してきた山岳民族の歴史を物語るファッションであり、テントやバルカの屈強な男たちの姿と重なるものがあります。

【まとめ】歴史と地政学を知れば、ドラマはもっと面白くなる
バルカとゴルドバという架空の国は、中央アジアの「広大さ」とカフカスの「複雑さ」、そしてカスピ海を巡る地政学を見事にブレンドして作られていました。
常に大国に挟まれ、翻弄されてきた歴史があるからこそ、現地の人間による自衛組織が生まれる土壌がある――。現在進行形で動いている歴史や国際情勢、そして現地に根付く独自の建築やファッションという補助線を引いてみることで、フィクションの世界はさらに深いリアリティを持って私たちに迫ってきます。
次に『VIVANT』を観返すときは、ぜひその背景にある「100年、1000年単位の歴史のうねり」を感じてみてください。

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