古代の北方騎馬民族

概要

 古代中国の後半を見る前に、中国に影響を与えた北方騎馬民族の歴史を見ていきます。

地理

 北方騎馬民族は、モンゴルから中央アジアにかけて居住していた。この地域は、乾燥しているため農耕には適していない。そのため、遊牧と狩猟で生計を立てていた。食料は乳製品(ヨーグルトなど)や肉で、衣服は毛皮。定住はせず、テント生活をすることが多かった。

 紀元前9世紀から8世紀ごろに、騎馬遊牧民族が登場。彼らは騎馬技術と弓矢の技術を用いて農耕地帯へ侵攻した。王朝が異民族の侵入によって、咸陽から洛邑に遷都したのも紀元前8世紀である。

 騎馬遊牧民族は、血縁関係による部族集団で行動することが多かった。騎馬遊牧民族の国家は遊牧国家と呼ばれた。指導者によって大きな影響を受けた。そのため、急速に拡大や縮小する国家が多かった。

 遊牧民族は、東西を結ぶ交易も担っていた。そのためこのルートは「草原の道」と呼ばれた。

歴史

スキタイ

  • 紀元前7世紀
  • 金属加工に長けている。

匈奴

  • 紀元前4世紀に登場
  • 同じ頃、烏孫(うそん)、甘粛、月氏が中央アジアで活躍
  • 紀元前3世紀末、冒頓単于の時代
    • 秦王朝や初期の漢王朝を苦しめる。
  • 紀元前1世紀、武帝によって東西分裂
  • 4世紀、「五胡」の一つとして華北へ侵入

鮮卑

・4世紀、「五胡」の一つとして華北に侵入

フン族

 民族としては、匈奴の一派といわれている。4世紀にヨーロッパに侵入。ゲルマン民族の大移動の一要因となった。

柔然

 5世紀から6世紀に活躍。

突厥

 トルコ系民族で、6世紀半ばから8世紀半ばに活躍。唐の建国を支援。

ウイグル

 トルコ系民族で、8世紀半ばから9世紀半ばに活躍。8世紀半ばの安史の乱で華北へ侵入。キルギスに敗れて滅亡した。

中央アジア

 乾燥地帯で、砂漠と草原で構成。山脈の雪解け水で地下水が豊富。オアシス都市が形成された。

 オアシスは、市場と寺院で構成される都市部と農村部で構成された。オアシスは隊商交易の拠点とされた。

 地理、イラン~カスピ海(シル川<ホラズム>、アム川)~ソグディアナ(プハラ、サマルカンド)~タリム盆地(カシュガル・ホータン・クチャ・敦煌)~長安(中国)。このルートは、「オアシスの道」と呼ばれた。

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