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トルコ・ギリシャ史

16世紀前半のオスマン帝国 スレイマン1世とヨーロッパ

16世紀前半、日本は戦国時代にあった。鉄砲やキリスト教(カトリック)が伝わったのがこの時代である。

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アメリカ史

1970年代のアメリカ ニクソンショック

1970年代、日本などの西側諸国では高度成長期が終わり、低成長期に入った。

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アメリカ史

1930年代のアメリカ そもそも世界恐慌とは

世界恐慌は、1929年、ニューヨーク(株価大暴落)から始まった。1930年代シリーズ最終回は、アメリカ史を見ながら、世界恐慌を見ていきます。

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トルコ・ギリシャ史

16世紀後半のトルコ・ギリシャ オスマン帝国、スペイン無敵艦隊に敗北

スレイマン1世の全盛期

 16世紀半ば、オスマン帝国は最盛期を迎えていた。スレイマン1世の全盛期である。陸では、バルカン半島を手中に収め、第1回ウィーン包囲を行った。海では、プレヴェザの海戦で地中海を制圧していた。また、東のサファヴィー朝ペルシアからバグダード(イラク)を奪っていた。

フランスとの同盟

 16世紀、陸上では東欧ハンガリーをめぐり、神聖ローマ帝国と争っていた。海上(地中海では、スペインと海上戦を展開していた。この2つの国は同じ国王が治めていた。これがハプスブルク家のカール5世である。16世紀前半はこのカール5世がヨーロッパの大部分を治めていた。
 この時、このカール5世と戦っていた勢力があった。フランスのフランソワ1世である。オスマン帝国は、フランスと同盟を結び、フランス商人を保護した。
 しかし、16世紀後半になると、フランスは内乱状態に入る。ユグノー戦争である。

カピチュレーション

 セリム2世は、フランスとの関係をより深めた。そして、フランス商人に特権を与えた。これがカピチュレーションである。例としては、フランス商人の犯罪は、フランスから派遣されたフランス人領事が裁くというものである。これを領事裁判権という。これは日米修好通商条約にもある条項である。

スペイン無敵艦隊に敗れる

6世紀後半、フィリペ2世の治世である。神聖ローマ帝国との同君連合は解消された。それでも、当時のスペインは、南イタリアやオランドを支配していた。フェリペ1世は、イングランドのメアリ1世と結婚。フランスとのイタリア戦争にも勝利した。スペインイケイケの時代であった。このスペインの繁栄を支えたのは、新大陸(ポトシ銀山)からもたらされる大量の銀であった。さらに、スペインに朗報が届いた。強的であったフランスの内乱が発生した。ユグノー戦争である。

 このイケイケのスペインが、オスマン帝国へ侵攻してきたのである。レヴァントの海戦である。スペインは、16世紀前半に行われたプレヴェザの海戦でオスマン帝国に大敗。地中海の制海権を失った。レヴァントの海戦はそのリベンジマッチである。スペインはレヴァントの海戦に勝利、リベンジを達成した。これにより、スペイン海軍は無敵艦隊と呼ばれるようになった。しかし、オスマン帝国は地中海の制海権は保持し続けていた。  

 この後、婚姻関係によりポルトガルを併合。当時のポルトガルは、中国のマカオやインドのゴアなどアジア各地に拠点を持っていた。また、スペイン自体もフィリピンの植民地化に成功。新大陸とアジアの交易路を確保した。これにより、スペインはアジアから新大陸(アメリカ)までの一大交易ネットワークを構築した。

サファヴィー朝ペルシャの台頭

 フェリペ1世の栄光も長くはなかった。イングランドでエリザベス女王が台頭すると、新興地主層やカルヴァン派が台頭した。オランダ独立戦争が勃発すると、オランダを支援。アルマダの海戦でスペイン海軍(無敵艦隊)を破った。

 イングランドとオランダは、アルマダの海戦に勝利するとアジア進出に向かった。この時、パートナーに迎えたのがサファヴィー朝ペルシアであった。サファヴィー朝ペルシアはイングランドやオランダの支援によって軍隊の近代化に成功。17世紀、このサファヴィー朝ペルシアがオスマン帝国に牙をむくことになる。

 オスマン帝国も、アルマダ開戦に勝利したエリザベス1世に接近した。このころ、同盟国のフランスではユグノー戦争が勃発。新たな同盟国を求め始めた。そこに入り込んだのがイギリスである。80年、オスマン帝国は、イギリスに対してフランス商人と同等な商人特権を与えた。カピチュレーションである。

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イギリス史

1930年代のイギリス 世界恐慌とブロック経済

1930年代、世界各国は世界恐慌の対応に追われていた。このような中、台頭したのがナチスドイツである。このことが第2次世界大戦につながる。

 このころ、イギリスは広大な植民地を持っていた。そのためこの広大な植民地を生かした保護貿易を行った。これがブロック経済である。これにより追い出されたのが日本とドイツである。この2つの国がイギリスに対して牙をむくことになる。

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アメリカ史

1980年代前半のアメリカ レーガン大統領と強いアメリカ

 1980年代、土曜日の夜にひょうきん族やドリフの全員集合で家族のだんらんを過ごしていた。

 そのころアメリカでは、共和党レーガン大統領が誕生した。レーガン大統領は、外交面でも経済面でも大きく転換した。

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フランス史

1930年代のフランス(第三共和政)イギリス、ソ連、ドイツの3つ巴状態のヨーロッパ

 29年の世界大恐慌は32年にはフランスに波及した。フランスは保護貿易政策で乗り切った。当時のフランスは、左派が政権が握っていた。一方で、隣国ドイツではヒトラーが台頭。イギリスは、ソ連などの社会主義勢力の台頭を警戒してナチスドイツに友好的な態度をとった。イギリス、ドイツ、ソ連のパワーバランスの中で第2次世界大戦が始まった。

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トルコ・ギリシャ史

17世紀前半のトルコ・ギリシャ アッバース1世の侵攻を受ける

 17世紀前半、日本は江戸時代初期。徳川家康から徳川家光の時代に当たる。江戸時代の創成期である。

 この頃、オスマン帝国は新たな脅威にさらされる。それは東方から現れた。サファヴィー朝イランのアッバース1世である。これにより、オスマン帝国は衰退期に入る。

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ロシア史

1930年代のソ連(ロシア) スターリン書記長と世界恐慌の影響を受けないソ連

 1930年代、世界恐慌の真っただ中にあった。しかし、社会主義国になったソ連世界恐慌の影響を受けなかった。

 ソ連(ソヴィエト連邦)は、1910年代(第一次世界大戦期)にロシア革命で誕生した社会主義国である。1991年、冷戦の終結とともに崩壊した。社会主義国とは、会社のような私有企業を排除し、すべて国有企業にし、給料は国家が決める経済構造の国である。

 世界恐慌による失業率の増大、普通選挙(納税額によらない議会選挙)による労働者の増大は、各国共産党を躍進させた。これは時の政権にとって厄介な存在となった。
 これに対し、ソ連は、これら各国共産党との連携を深めた。

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アメリカ史

1980年代後半のアメリカ ブッシュ大統領と冷戦終結

1980年代後半、日本はバブル景気の中、昭和が終わり平成の時代へ入った。

 そのころのアメリカの大統領は共和党のレーガンとブッシュであった。80年代後半に入ると、ソ連は冷戦を継続する力が亡くなった。89年12月のマルタ会談で冷戦はしゅうけつした。