テムズ川が消えた冬:氷上の祭典「フロストフェア」と17世紀の地球寒冷化

17世紀前半

こんにちは、sekaisiotakuです。今週も寒い日が続きましたね。今回は、話題を変えて、寒さを楽しんだ話をしていこうと思います。「ロンドンのテムズ川がカチコチに凍り、その上で祭りが開かれていた」

そんな嘘のような実話をご存知でしょうか?現代のロンドンでは想像もつかない光景ですが、今から約350年前、世界は「小氷期(リトル・アイスエイジ)」と呼ばれる記録的な寒冷化の真っ只中にありました。

今週は、アメリカを襲っている歴史的寒波のニュースにちなみ、かつてヨーロッパを震え上がらせ、同時に奇妙な熱狂を生んだ「フロストフェア(氷上祭)」の物語を紐解いていきましょう。

1. 地球が震えた「17世紀の危機」とマウンダー極小期

17世紀、世界は激動の時代にありました。ヨーロッパでは三十年戦争が勃発し、中国では明朝が滅亡。日本でも「寛永の大飢饉」が人々を苦しめていました。この社会不安の裏側にあったのが、「小氷期」という気候変動です。

特に1645年から1715年にかけては、太陽の黒点がほとんど消失した「マウンダー極小期」と重なります。太陽活動が弱まり、地球全体の気温が低下。ロンドンの冬は現在よりもはるかに厳しく、テムズ川はたびたび分厚い氷に覆われることになったのです。

2. 氷上のカーニバル「フロストフェア」の熱狂

テムズ川が完全に凍結すると、ロンドンの人々はそれを「災厄」として嘆くだけではありませんでした。彼らは凍った川を「新しい土地」として活用し、前代未聞の祭りを始めたのです。それがフロストフェアです。

氷の上で何が行われていたのか?

特に有名なのは1683年から1684年にかけての「大寒波」の際に行われたフェアです。記録によると、氷の厚さは30センチ近くに達し、以下のような驚きの光景が広がっていました。

  • 氷上の商店街: 食べ物屋や酒場(パブ)はもちろん、おもちゃ屋や宝石店までがテントを並べました。
  • 娯楽の数々: アイススケート、フットボール、ボウリング、さらにはキツネ狩りや牛いじめ(当時の残酷な見世物)まで行われました。
  • 印刷所の出現: 氷の上に印刷機が持ち込まれ、「私はテムズ川の氷の上でこれを印刷した」という名前入りの記念カードを作ることが大流行しました。
  • 王室の訪問: 当時の国王チャールズ2世も家族を連れて氷の上を歩き、ローストビーフを楽しんだという記録が残っています。

寒さで仕事ができなくなった船頭(ウォーターマン)たちは、代わりに氷の上でソリを引いたり店を出したりして、逞しく現金を稼いでいました。

3. なぜテムズ川は凍らなくなったのか?

最後にフロストフェアが開かれたのは1814年のこと。それ以降、テムズ川が完全に凍りつくことはなくなりました。その理由は主に3つあります。

  1. 気候の温暖化: 19世紀半ばに小氷期が終わり、地球全体の気温が上昇しました。
  2. ロンドン橋の架け替え: 旧ロンドン橋はアーチが狭く、橋脚がダムのような役割を果たして川の流れを止めていました。1831年に新しい橋に架け替えられたことで、水の流れが速くなり、凍りにくくなったのです。
  3. 堤防の建設(エンバンクメント): 1860年代に堤防が整備され、川幅が狭く深くなったことで流速が増し、結氷を妨げました。

結び:気候が歴史を描き出す

現代の私たちにとって、寒波は交通の麻痺やインフラの停滞を招く恐ろしいニュースです。しかし、17世紀の人々は、その過酷な自然現象の中にさえ「フロストフェア」という一時の享楽を見出しました。

歴史を振り返ると、気候変動は単なる「天候の変化」ではなく、人々の暮らし、文化、そして国家の運命さえも変える巨大な力であることがわかります。今、私たちが直面している気候の変化も、数百年後の歴史ブログではどのように語られているのでしょうか。

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