1900年代の世界 日露戦争と帝国主義

 1900年代、日本は、日露戦争でロシアに勝利した。この事件は、アジア各地の改革意識を高めた。その最も重要な例が、青年トルコ革命である。しかし、青年トルコ革命は、オスマン帝国を弱体化させ、第1次世界大戦のきっかけとなったバルカン戦争につながる。

 一方で、日露戦争が終結によって、英露のグレートゲームに決着がついた。これにより英仏露による三国協商が完成。イギリスvsドイツの第一次世界大戦の構図が完成した。

各国の状況

1910年代
 第一次世界大戦

 10年代、史上最悪の戦争ある第一次世界大戦が勃発。女性や植民地の人々を巻き込んだ総力戦となった。この戦争で、男女平等や植民地の自治拡大が叫ばれるようになった。

1890年代
日清戦争と中国分割

 清王朝が日清戦争に敗北すると、帝国主義政策を進める欧米小国は、中国分割へ向った。植民地政策は東アジアや太平洋までに達した。

年代別後半

1910年 韓国併合

 日本は、前年の韓国総督の伊藤博文の暗殺を受けて、韓国併合へ踏み切った。

 アフリカでは南アフリカ連邦がイギリスの自治領として成立した。

1909年 伊藤博文暗殺

 日本は、生糸の輸出量で清王朝を抜いて世界一になる。

 東アジアでは、韓国では、日本の韓国総督である伊藤博文が暗殺。この事件が翌年の日韓併合につながる。

 アメリカ人探検家ピアリが北極点に到達した。

1908年 青年トルコ革命

 衰退傾向の清王朝では起死回生の憲法大綱が発表された。しかし、憲法が作られる前に辛亥革命で清王朝が滅亡した。

 中東では、日露戦争の影響を受けて、オスマン帝国で青年トルコ革命が発生。青年トルコ革命によって弱体化したオスマン帝国へ周辺諸国が牙をむきだした。オーストリア=ハンガリー帝国はバルカン半島のボスニアヘルツェゴビナを併合した。

1907年 三国協商が完成

 英露協商が成立。これにより英露仏の三国協商が完成した。日本もこの時に第一次日露協約が結ばれた。

 ニュージーランドがイギリスの自治領になる。

 日本では、ハーグ密使事件を受けて、第三次日韓協約を締結。韓国の内政権を掌握。

1906年 サイクス=ピコ協定

 インド国民会議で4綱領を採択。同じ頃、全インド=ムスリム連盟が結成された。

 日本では、日本社会党がけっせいされる。作家の夏目漱石が『坊ちゃん』を発表。

年代別前半

1905年 ジャイアントキリングで
        日本がロシアに勝利

 ロシアで血の日曜日事件をきっかけに十月革命が起こる。日本海海戦で勝利した日本は、アメリカの仲介でポーツマス条約を締結。日露戦争は終結した。この前に、日本とアメリカで桂タフト協定が締結された。

 日本はポーツマス条約に基づいて、第二次日韓協約を締結。韓国の外交権を掌握した。一方で、日本は賠償金を得られなかったことで、日比谷焼き討ち事件が起こる。これが第一次世界大戦の多額な賠償金につながった。

 義和団事件で衰退した清王朝は、改革として科挙を廃止した。一方で、革命派の孫文は中国革命同盟会を結成した。イギリス領インドでは、ベンガル分割令が出される。

 ドイツとフランスの間で第一次モロッコ事件が起こる。

 作家の夏目漱石が、『吾輩は猫である』を発表。

1904年 日露戦争勃発

 日露戦争が勃発。イギリスとフランスは英仏協商を締結。互いに直接的な介入はしなかった。にほんは、第一次日韓協約を締結し、韓国に財政顧問と外交顧問を置いた。与謝野晶子が反戦の詩『君死にたまふことなかれ』を発表。

1903年 ライト兄弟の初飛行

 ロシアの社会民主労働党がボリシェビキとメンシェビキに分裂。

 アメリカでは、ライト兄弟が初飛行に成功。

1902年 日英同盟締結

 日本は、日英同盟を締結。日露戦争に備え始める。

1901年 義和団事件が鎮圧

 列強の軍隊によって、北京の義和団事件は鎮圧。清王朝は、北京議定書に調印し正式に謝罪。列強に軍隊の駐屯を認めさせた。この主導権争いが日露戦争につながる。

 このころ日本では、日清戦争の賠償金で設立した八幡製鉄所が操業開始。一方で、足尾銅山鉱毒事件(公害事件)が顕在化。与謝野晶子が『みだれ髪』を発表。

 スウェーデンでノーベル賞が始まる。

1900年 義和団事件(北清事変)

 90年代の中国分割で清王朝の民衆の不満が高まった。これにより、ドイツ植民地の山東半島で義和団が結成。北京で北清事変を起こす。清王朝政府はこれを支持。日本を含む列強8か国が清王朝へ共同出兵を行った。